コラム

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配偶者の住居を確保する方法(配偶者居住権の活用)

Q: 夫が亡くなり、相続人は私と長男、二男です。遺産は、夫と一緒に長年住み続けていた自宅(評価額2000万円)と、預貯金(2000万円)です。私は引き続き自宅に住み続けたいですが、私が自宅を取得する場合は、預貯金は長男と二男が取得することを主張しているため、老後の生活資金に不安を感じています。他の分割方法は考えられないでしょうか。

A:配偶者居住権を取得することにより、自宅の居住権を確保しつつ、一定の預貯金を取得し、生活資金を確保することができます。


1 配偶者の住居を確保する必要性

 超高齢社会といわれる現代においては、相続発生時点で、亡くなった方(被相続人)の配偶者も高齢であることが増えています。長年、被相続人名義の自宅に住み続けていた配偶者にとって、最も心配なことの一つが、今後も生活の本拠を確保できるかという点です。

 このような残された配偶者の居住権を保護するための制度として、令和2年4月1日施行の民法改正により、配偶者居住権という制度が創設されました。本稿では、配偶者居住権の意義とその活用方法などについて紹介します。

2 配偶者居住権とは

 配偶者居住権とは、残された配偶者が、亡くなった方(被相続人)の所有する建物に居住していた場合に、配偶者自身が亡くなるまで又は一定の期間、その居住する建物(居住建物)を無償で使用収益できる(住み続けることができる)権利のことをいいます(民法1028条)。

 この配偶者居住権は、居住建物の「所有権」とは区別されるものです。配偶者は「所有権」を相続せずとも、一定の要件の下、配偶者居住権を取得することにより、被相続人が所有していた居住建物に住み続けることができます。

3 配偶者居住権が注目される理由

(1)従来の問題点

 従来は、残された配偶者が継続して居住建物に住み続けるためには、遺産分割において居住建物の「所有権」を取得するか、「所有権」を取得した他の相続人との間で賃貸借契約等を締結する必要がありました。

 しかし、居住建物の「所有権」を取得した場合は、建物の評価額が高くなりがちであるため、それ以外の預貯金等をほとんど相続することができず、その後の生活資金を確保できなくなる恐れがあります。また、他の相続人が建物所有権を取得した場合は、その相続人との間で賃貸借契約等を締結できなければ、配偶者は建物に住み続けることはできません。

 そこで、このような問題点を解消するために、配偶者居住権を活用することが考えられます。

(2)配偶者居住権を取得する意義

 配偶者居住権の評価額は、「所有権」の評価額よりも低廉です。そのため、配偶者居住権を取得した上でも更にそれ以外の預貯金等を取得しやすくなり、生活資金の確保に繋がります。 
 冒頭の設例で言えば、自宅の所有権を取得する場合と、配偶者居住権を取得する場合で、妻の法定相続分に従った取得財産は変わります。例えば、配偶者居住権の評価額を1000万円と仮定すると、以下の内容で分割することが考えられます。

<自宅を取得する場合>
 妻:自宅2000万円
 長男:預貯金1000万円
 二男:預貯金1000万円

<配偶者居住権を取得する場合>
 妻:配偶者居住権1000万円、預貯金1000万円
 長男:自宅(居住権負担付)1000万円
 二男:預貯金1000万円

 このように、妻は、配偶者居住権を取得する場合は、預貯金についても取得することができ、生活資金を確保することが可能となります。
 なお、配偶者居住権の価値の評価方法は一つに確立されていませんが、法務局より、簡易な評価方法が示されています。具体的には、居住建物及びその敷地の価額から配偶者居住権の負担付の各所有権の価額を引いた額とする方法です。
 実務的には、簡易な評価方法によることについて相続人間で合意に至れば、この評価方法を用いて配偶者居住権の評価額を算出することが考えられます。これに対し、相続人間で評価方法の合意に至らなければ、鑑定等を行う必要があります。

4 配偶者居住権の成立要件(取得の方法)

 配偶者居住権の成立要件は、以下のとおりです(民法1028条)。

(1)配偶者が、相続開始時に、被相続人が所有する居住建物に居住していたこと

 生前、被相続人と配偶者が居住建物を共有していた場合でも、(1)の要件を満たします。
 これに対し、被相続人が配偶者以外の第三者と共有していた場合は、(1)の要件を満たさず、配偶者居住権は成立しません(民法1028条1項ただし書)。

(2)居住建物について、配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割、遺贈又は死因贈与がされたこと

 遺産分割は、協議や調停によるものだけでなく、審判によるものも含まれます。
 審判については、遺産分割の請求を受けた家庭裁判所は、次に掲げる場合に限り、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を定めることができます(民法1029条)。

①共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき

②配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき
※ 家庭裁判所は、配偶者居住権の成否や存続期間、居住建物の所有権が制約される不利益の程度等を考慮することが求められるとされています。

5 配偶者居住権の留意点

(1)第三者に対抗するための登記が必要であること 

 配偶者が配偶者居住権を第三者に対抗するためには、その登記を備えておく必要があります。建物の賃借権の場合とは異なり、建物の引渡しを受けただけでは対抗できませんので、留意が必要です。

(2)譲渡や転貸は禁止されていること

 配偶者は、配偶者居住権を第三者に譲渡又は転貸することはできません。
 もっとも、居住建物の所有者との合意により、配偶者居住権を放棄することは考えられます。例えば、配偶者居住権を取得した配偶者が、身体能力等の低下により介護施設に入所することになった場合、建物所有者との合意で配偶者居住権を放棄し、その代償として建物所有者から対価を得ることも考えられます。

(3)その他の制約

 上記のほか、配偶者は、用法遵守義務(善管注意義務)や増改築禁止義務、通常の必要費の負担義務等を負います。特に用法遵守義務や増改築禁止義務に違反した場合、居住建物の所有者は、相当の期間を定めて是正の催告をし、その期間内に是正がされないときは、配偶者居住権を消滅させることができる点にも注意が必要です。

6 まとめ

 以上のとおり、配偶者居住権を取得することにより、住み慣れた住居の居住権を確保しつつ、一定程度の生活資金を確保することが可能となります。
 また、配偶者居住権は、あらかじめ遺言によっても定めることが可能です。遺言で定めておけば、相続発生時の紛争を可能な限り抑止することもできます。
 将来の相続に備えて遺言による配偶者居住権の設定を検討する場合や、相続開始後に、配偶者が居住権を確保する必要がある場合は、法的な観点での検討が必要になりますので、一度弁護士等にご相談されることをお勧めします。

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以上

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