経営者の債務整理(経営者保証ガイドライン)
Q:私の経営する会社の資金繰りが悪化し、早晩、破産を検討せざるを得ない状況です。会社の債務の連帯保証人になっている私個人についても、会社とともに破産せざるを得ないのでしょうか。
A:会社が破産する場合でも、経営者個人については、必ずしも破産のみが選択肢となるわけではありません。「経営者保証に関するガイドライン」(経営者保証ガイドライン)を利用することにより、破産の場合と比べてより多くの資産を手元に残しながら債務整理を行うことができる場合があります。ただし、経営者保証ガイドラインを利用するには一定の要件があり、早期に債務整理に向けて動かなければ、要件を満たさない可能性があります。
1 会社が倒産する場合、経営者の保証債務はどうなるか。
経営者が会社の借入債務等について連帯保証(個人保証)をしている場合、会社が返済不能の状態に陥れば、経営者は保証債務を履行すべき状況に追い込まれます。この場合、従前は、保証人である経営者自身も、破産を選択するケースが多くありました。
しかし、平成25年に「経営者保証に関するガイドライン」(経営者保証ガイドライン)が策定されて以降、同ガイドラインを利用した債務整理の事例が増えています。同ガイドラインを利用した場合は、破産を回避しながら保証債務の整理を実現することが可能となります。
以下では、経営者保証ガイドラインの概要と、これを利用するメリット及び留意点について解説します。
2 経営者保証ガイドラインの概要
経営者保証ガイドラインは、経営者保証における合理的な保証契約の在り方等を示すとともに、主たる債務の整理局面における保証債務の整理を公正かつ迅速に行うための準則です。
このガイドラインは、行政当局の関与の下、日本商工会議所と全国銀行協会が共同で設置した「経営者保証に関するガイドライン研究会」によって策定されたものです。
主たる債務者(中小企業)、保証人(経営者)及び対象債権者(金融機関等)によって、自発的に尊重され、遵守されることが期待されています。
3 経営者保証ガイドラインを利用するメリット
(1)より多くの資産を手元に残せる可能性があること
経営者保証ガイドラインを利用して保証債務を整理する場合、破産等の法的倒産手続による場合と比べて、より多くの資産を手元に残せる可能性があります。
具体的には、一定期間の生計費に相当する額の現預金や、華美でない自宅等を、経営者の手元に残すことが認められています。ただし、手元に残せる額には、一定の上限があります。
会社の債務整理が再生型手続(民事再生など)の場合には、破産に至らなかったことによる対象債権者の回収見込額の増加額が上限となります。また、会社の債務整理が清算型手続(破産など)の場合には、清算型手続に早期に着手したことによって、保有資産の減少等を阻止したことに伴う回収見込額の増加額が上限となります。
(2)信用情報機関に登録されないこと
破産の場合は、信用情報機関の事故情報(いわゆるブラックリスト)に登録されますが、経営者保証ガイドラインを利用した債務整理の場合は、信用情報機関に登録されません。
したがって、経営者保証ガイドラインを利用した場合は、引き続きクレジットカードを利用することが可能です。また、新たにローンを組む際も、事故情報を理由に審査に通らないという事態は回避できます。
(3)破産との違いのまとめ
破産手続と経営者保証ガイドラインの主な違いをまとめると、以下のとおりです。
破産 | 経営者保証ガイドライン |
---|---|
・裁判所の関与の下で行われる法的手続 | ・対象債権者との交渉による私的整理 |
・原則として99万円以下の自由財産に限り手元に残せる。 | ・一定期間の生計費に相当する現預金(99万円以上も可)を残すことができる。 ※ただし、債権者の回収見込額の増加額を上限とする。 |
・自宅は手元に残せない。 | ・華美でない自宅等についても手元に残すことができる。 ※ただし、債権者の回収見込額の増加額を上限とする。 |
・信用情報機関に登録される。 | ・信用情報機関に登録されない。 |
4 経営者保証ガイドラインを利用する際の留意点
(1)対象債権者の範囲は原則として金融機関に限定されること
経営者保証ガイドラインによる債務整理の対象となる債権者は、原則として金融債権を有する金融機関等に限られます。したがって、住宅ローンやカードローンなどの保証人固有の債権者については、経営者保証ガイドラインの対象とすることはできないのが原則です。
ただし、債務整理の局面において「弁済計画の履行に重大な影響を及ぼすおそれのある債権者」については、対象債権に含めることができます。
なお、令和4年3月4日、経営者保証に関するガイドライン研究会より公表された「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」では、主たる債務者である会社が廃業する場面においては、保証人の固有債権者についても、経営者保証ガイドラインの対象になり得ることが明記されています。
(2)利用要件があること
経営者保証ガイドラインを利用するためには、一定の要件をすべて満たす必要があります。
特に「対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できること」という要件は重要です。この要件を充足するには、主たる債務及び保証債務の破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるなどの事情が必要となります。
例えば、会社が清算型手続(破産など)の場合には、以下のAとBの額を比較します。
A:現時点で清算した場合における主たる債務の回収見込額及び保証債務の弁済計画(案)に基づく回収見込額の合計金額 | B:過去の営業成績等を参考としつつ、清算手続が遅延した場合の将来時点における主たる債務及び保証債務の回収見込額の合計金額 |
この結果、Aの額がBの額を上回る場合には、破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあると考えられます(「経営者保証に関するガイドラインQ&A」16頁参照)。
つまり、早期に会社の破産を決断したことによって、会社資産を毀損させることなく、対象債権者への弁済原資をより多く確保することができた点を捉えて、経済的な合理性があるとされています。
(3)全債権者の同意が必要であること
経営者保証ガイドラインによる保証債務の免除については、すべての対象債権者の同意を得る必要があります。多数決などによる免除は認められておりません。
5 早めのご相談を
会社の経営が窮境に陥った場合に、何とか自力で事業を立て直そうとする経営者は少なくありませんが、時間が経過すればするほど、債務整理の選択肢は限られていきます。
早期に専門家に相談することで、会社の現況に即した複数の債務整理手続を検討することができ、経営者個人についても、「経営者保証ガイドライン」を利用することによってより多くの資産を手元に残せる可能性があります。
経営者お一人で抱え込まずに、早めに専門家(弁護士、税理士、会計士等)にご相談されることをお勧めします。
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